おめでとう世界遺産 小笠原諸島、自然遺産に登録
小笠原諸島の父島南西約1キロに浮かぶサンゴ礁でできた南島。白い砂浜にはカタツムリの化石が散らばり、岩が門のような形にえぐれてエメラルドブルーの海とつながった扇池がきらめく。小笠原の人気スポットだが、入島は1日100人、最大2時間と厳しいルールが課せられている。
「決められたルートを歩いてください」。島内に一歩足を踏み入れると、植物を守るために埋め込まれた飛び石の上を歩くよう、女性ガイドが声をかける。「人間は自然の破壊者なんだな」。あるツアー客はつぶやいた。
「あの宝石みたいな南島が荒れ果てていた」
平成12年に視察した石原慎太郎都知事は希少な植物が激減し、観光客の足跡が残る光景に驚いたという。このため、滞在時間の規制や都認定ガイドの同行を求める入島制限を課すことに。父島でツアーガイドをする高橋尚人さん(41)は「自然を守るために制限は必要」と訴える。
自然の“敵”は人間だけではない。島にいなかったはずの外来生物の脅威も迫る。希少な固有生物を食べる外来種のトカゲ、グリーンアノールの侵入を防ぐ柵は約1キロに及び、粘着シートで捕獲する対策もとられた。人が運び込んだノヤギやネコの駆除も進められている。
都小笠原支庁の世界自然遺産担当課長、今村滋さん(55)は、「世界遺産になるまでも大変だったが、これから自然を守るのはもっと大変。一時の祭りで終わってはいけない」と語った。
小笠原諸島は4800万年前に太平洋プレートが沈み込みを開始したことによって、海洋地殻の上に誕生した海洋性島弧です。沈み込み始めて間もない小笠原海嶺下のマントルは高温であったため、広範囲に無人岩(ボニナイト)という特異なマグマが発生しました。ボニナイトは、地球上で唯一単斜エンスタタイトを含む高マグネシウムの安山岩です。プレートの沈み込みが進むにつれて、生成したマグマは化学組成を変化させ、性質の異なる島弧火山が誕生しました。約4800万年前に形成された父島列島と聟島列島、約4400万年前に形成された母島列島、現在も活動中の火山列島と並んでおり、プレートの沈み込み帯における海洋性島弧の形成と進化の過程を、沈み込みの初期段階から現在進行中のものまで見ることができるのです。
小笠原諸島では、岩脈や枕状溶岩、硫化鉱床などによって当時の海底火山形成過程を再現することができます。この島弧形成は活火山群である西之島や火山列島では今も進行中です。また、貨幣石を始めとする熱帯性動物化石群も見られます。
こうした海洋性島弧の形成過程は世界中で起こっている現象ですが、初期段階の地形・地質が地殻変動による破壊を受けず、まとまった規模で陸上に露出しているのは、世界でも小笠原諸島だけです。これは、太平洋プレート上にある海底火山が、フィリピン海プレートに衝突し、その一部を隆起させたためです。
また、小笠原諸島では古くから地球科学的研究が行われてきており、世界で最も研究が進んでいる地域の一つです。近年の精密地震波構造探査によれば、太平洋プレートの沈み込みに伴う島弧火成活動によって、現在青年期にある伊豆-小笠原弧の地下では、大陸の基となる安山岩質の中部地殻が形成されつつあります。これらの研究により、海洋性島弧が衝突により合体、大型化する過程を繰り返して現在の大陸ができたと考えられるようになりました。
このように小笠原諸島は、海洋性島弧の形成過程をその誕生から幼年期を経て現在進行中の青年期まで観察することができる唯一の地域であるとともに、海洋地殻から大陸地殻への進化の道のりを記憶する地球史の顕著な見本なのです。
小笠原諸島は多様な起源の種が混在しているのが特徴であり、植物では「オセアニア系」、「東南アジア系」、「本州系」などが知られています。それらが独自の種分化をとげた結果、小さな海洋島でありながら種数が多く、高い固有種率となっています。前述の陸産貝類の他、乾性低木林を構成する植物では69種(木本のみでは54種)の固有種が確認されており、固有種率は67%(木本のみでは81%)です。
また小笠原諸島は、オガサワラオオコウモリ(CR)、メグロ(VU)、シマアカネ(CR)、カタマイマイ(DD)などIUCNレッドリスト記載種57種のかけがえのない生育、生息地となっています。鳥類では固有種メグロにより、BirdLife Internationalの固有鳥類生息地域(Endemic Bird Areas of the World)に指定されています。また、北太平洋に分布するアホウドリ類2種と、カツオドリ類、アジサシ類等の亜熱帯性の海鳥12種が繁殖しています。
このように、小笠原諸島は世界的に重要な絶滅のおそれのある種の生育・生息地であり、また、太平洋中央海洋域における生物多様性の保全のために不可欠な地域であるといえます。